2026年5月21日 家庭礼拝Conti 🇯🇵

<今日の黙想>

1 主はわたしの光、わたしの救だ、わたしはだれを恐れよう。主はわたしの命のとりでだ。わたしはだれをおじ恐れよう。
わたしのあだ、わたしの敵である悪を行う者どもが、襲ってきて、わたしをそしり、わたしを攻めるとき、彼らはつまずき倒れるであろう。
たとい軍勢が陣営を張って、わたしを攻めても、わたしの心は恐れない。たといいくさが起って、わたしを攻めても、なおわたしはみずから頼むところがある。
わたしは一つの事を主に願った、わたしはそれを求める。わたしの生きるかぎり、主の家に住んで、主のうるわしきを見、その宮で尋ねきわめることを。
それは主が悩みの日に、その仮屋のうちにわたしを潜ませ、その幕屋の奥にわたしを隠し、岩の上にわたしを高く置かれるからである。
今わたしのこうべはわたしをめぐる敵の上に高くあげられる。それゆえ、わたしは主の幕屋で喜びの声をあげて、いけにえをささげ、歌って、主をほめたたえるであろう。

詩篇 27:1-6

 

<今日の準備賛美>

 

 

<今日の聖句>

13 だれでも誘惑に会う場合、「この誘惑は、神からきたものだ」と言ってはならない。神は悪の誘惑に陥るようなかたではなく、また自ら進んで人を誘惑することもなさらない。

ヤコブの手紙 5:13

<今日のメッセージ>

谷が深いほど、その向こうにそびえる山は高くなります。
同じように、深い苦難の谷を通った人だけが、
高く、壮麗で、美しい人生の頂を味わうことができます。

神は、苦難と祝福を交互に与えながら、
私たちを霊的に成長させ、成熟へと導かれます。
ときに神は、愛のむちをもって私たちを訓練し、
より成熟し、香り高い人格の人、強い信仰の人へと
造り変えてくださいます。

イエスを信じる者にとって、
苦難の学校に入ることは実は栄光の道 です。
だから、苦難に遭うとき、不思議なことが起きたかのように
驚く必要はありません。

むしろ、苦難の学校に入学したことを
誇りとし、感謝しながら進んでいくべきです。


お祈り

聖く、愛に満ちた父なる神よ、
苦難の中で古い自分が脱ぎ捨てられ、
高ぶった自我が低くされ、
かたくなだった人格が砕かれることを
思い起こさせてください。

だからこそ、苦難に遭うときこそ
感謝し、賛美し、忍耐をもって歩む者と
ならせてください。

主イエス様のお名前によって祈ります。
アーメン。

 

<今日の献金賛美>