2025年1月24日 家庭礼拝Conti 🇯🇵

<今日の黙想>

主をほめたたえよ。主をおそれて、そのもろもろの戒めを大いに喜ぶ人はさいわいである。
その子孫は地において強くなり、正しい者のやからは祝福を得る。
繁栄と富とはその家にあり、その義はとこしえに、うせることはない。
光は正しい者のために暗黒の中にもあらわれる。主は恵み深く、あわれみに満ち、正しくいらせられる。
恵みを施し、貸すことをなし、その事を正しく行う人はさいわいである。
正しい人は決して動かされることなく、とこしえに覚えられる。

詩篇 112:1-6

 

<今日の準備賛美>

 

 

<今日の聖句>

30  イエスは答えて言われた。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、強盗に襲われた。強盗たちはその人の着物をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにして逃げ去った。
31  たまたま、ひとりの祭司がその道を下って来たが、彼を見ると、道の向こう側を通り過ぎて行った。
32  同じように、レビ人もその場所に来て彼を見ると、道の向こう側を通り過ぎて行った。
33  ところが、あるサマリヤ人は旅の途中、その人のところに来ると、彼を見て深くあわれみ、
34  近寄って、傷に油とぶどう酒を注いで包帯をし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き、介抱した。
35  次の日、彼はデナリ二つを取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を世話してください。もっと費用がかかったら、帰りに私が払います。』
36  この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣人になったと思うか。」
37  彼は言った。「その人にあわれみをかけた者です。」するとイエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」

ルカによる福音書 10:30–37

<今日のメッセージ>

イエス様は、強盗に遭い血だらけになった私たちのもとに、
祭司のように来られたのではありません。
私たちを罪に定めたり、裁いたりもしませんでした。

また、レビ人のように私たちに無関心で、
「自分だけ信じていればよい」と言って
別の道へ避けて行かれたのでもありません。

罪深く、不義で、醜く、
捨てられて当然の私たちのために、
イエス様はご自身の体を裂き、血を流し、
自ら犠牲の供え物となってくださいました。

そして善きサマリア人のように、
傷だらけの私たちを包み、癒してくださいました。

だからこそ、私たちもイエス様の模範にならい、
善きサマリア人のように
憐れみを施す良き隣人となるべきです。


お祈り

父なる神よ、
信仰生活の中で、いつの間にか祭司のようになり、
律法の眼鏡をかけて隣人を裁き、
罪に定め、踏みにじったことがあります。
どうかお赦しください。

また、レビ人のように
宗教的な形式だけを守り、
隣人に対して利己的で無関心であったことを告白します。

父なる神よ、
蔑まれていたサマリア人は、
自分の持っているもので最善を尽くして隣人を助けました。

大金持ちでも権力者でもありませんが、
私も自分の持っているもので、
たとえ小さなことであっても、
愛と憐れみを施す者となれるよう助けてください。

主イエスの御名によって祈ります。アーメン。

 

<今日の献金賛美>